入って来たら、あとで手がいるがの。」
入口を開けてやると、「紋」はなつかしそうに、ばあさんの足もとにざれついた。
「そら、腹が減ったじゃろう。……よそでぬすっとやかいするんじゃないぞ!」とばあさんは麦飯を椀に入れてやった。
「猫を放った云うて、嘘の皮じゃ。まだ、ひろ/\してやがら。」
「あんな奴は叩き殺してしまえ!」近所の人々は口々に、憎さげに云った。
「もっと遠いとこイ持って行《い》て捨てイ。」とじいさんは、近所の噂を聞いてきて、ばあさんに云った。
「遠い所いうたって、どこへ持って行くだよ。」
「どこぞ、なか/\戻って来られん所じゃ。」
毎晩、じいさんと、ばあさんとはこんなことを話しあっていた。
地主の坊ちゃんは、部落の子供達を集めて、それぞれ四五尺の棒を手にして、猫を追っかけてぶん殴りに来た。
「茂兵衛ドンの猫は家の雛を捕ったんじゃで……魚でも、芋でも、何でも盗むんじゃ。」会う人に悉くそうふれまわった。
我鬼どもは坊っちゃんのあとから、ひとかどの兵士になったつもりで、列を作って走った。棒は銃の代りに肩にかついでいた。
子供達は、毎日兵隊ごっこをやった。敵はいつも猫だった。
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