「紋」
黒島伝治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)道と田との間の溝《どぶ》に後足を踏み込みそうになった

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)じり/\
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 古い木綿布で眼隠しをした猫を手籠から出すとばあさんは、
「紋よ、われゃ、どこぞで飯を貰うて食うて行け」と子供に云いきかせるように云った。
 猫は、後へじり/\這いながら悲しそうにないた。
「性悪るせずに、人さんの余った物でも貰うて食えエ……ここらにゃ魚も有るわいや。」
 猫は頻りにないて、道と田との間の溝《どぶ》に後足を踏み込みそうになった。溝の水は澱んで腐り、泥の中からは棒振りが尾を出していた。
「そら、落ち込むがな。」ばあさんは猫を抱き上げた。汚れた白い毛の所々に黒い紋がついていた。ばあさんは肥った無細工な手でなでてやった。まだ幼い小猫時代には、毛は雪のように純白で、黒毛の紋は美しかった。で、「紋」という名をつけたのだった。しかし大きくなって、雛を捕ったり、魚を盗んだりしだすと、床板の下をくぐって人目を避けたり、寒い時には焚いたあとの火の消えたばかりの竈の
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