中へにじりこんで寝たりするので、毛は黒く汚れていた。ばあさんも、野良仕事が忙しくって洗ってやりもしなかった。
「おとなしに、何でも貰うて食うて行け!」暫らくばあさんは、猫を胸にくっ著けて抱いていたが向うから空俥が見えだすと、ついに道の中に捨てて、丘の方へ引っかえした。
丘の上から振りかえると、猫はなお頻りに道を這いながらないていた。俥は、海辺の網小屋のところに止まっていた。黒く静かな入江には、漁舟が四五艘動かずに浮いていた。小島の青い松のかげからは、弁財天の鳥居が見えた。
ばあさんは、猫の毛のついた手籠を提げて丘を反対の方へ下った。これから七里ばかり歩いて、家へ帰るのである。
「紋」は、つい近ごろ、他家の台所で魚を盗んだり、お櫃の蓋を鼻さきで突き落して飯を食ったりすることを覚えた。そんな悪るさをするたびに、「茂兵衛ドンにゃ慾をしてこ猫に飯もやらんせによそでひろ/\するんじゃ。」とばあさんの家は、隣近所から悪く云われた。
「チョチョチョチョ、紋よ、われゃ、よそで飯を盗んで食うたりするんじゃないぞ。……家でなんぼでも食えエ。」ばあさんは、三度の食事毎に夫婦が食っている麦飯を、猫の飯椀に
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