呼びつけられていた。近所の人々は、猫のことから、こんな古い疵《きず》まで洗いたてて喋りあった。
「もうあんな奴は放ってしまえ。」やがてじいさんは猫のことをこう云い出した。
「捨てる云うたって、家に生れて育った猫じゃのに可愛そうじゃの」
「うらあもう大分風呂イ入らんせに垢まぶれじゃ」
 四五日、捨てる、捨てないで、云いあった後、ばあさんは、一日をつぶして、猫を手籠に入れて捨てに行った。近くだとすぐ帰って来るので、遠く向うの漁村まで行った。
 夜、じいさんは、夜なべに草履を作っていた。ばあさんは、長途を往復した疲れでぐったり坐っていた。秋の夜風が戸外の杏の枝を揺がしていた。雁の音がかすかに聞えて来る。
 と、戸外で「紋」のなく声がした。物乞うように続けてないた。
「戻って来たんかいな。」居眠りをしていたばあさんは、ふと眼を開けた。
「うむ、戻ってきたわイ。」じいさんは不服そうに云った。「内へ入れずに放っとけ!」
 障子は閉め切ってあった。「紋」は入口がないので、家の周囲をぐる/\廻って鳴いた。
「可愛そうに、入れてやろうか。」ばあさんは立ちかけた。
「えゝい、放っとけ。」
「障子でも破って
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