ャ社会と云ふものは、大抵左の四種類の人物から成り立つてゐた。多分今でもこれから後でも同じ事だらう。その種類は第一が財産のある貴顕である。第二は貴顕の間に生れて育つたゞけで、財産のない人々である。第三は貴顕の間に割り込まうとしてゐる財産家である。第四は貴顕でもなく、財産家でもないのに、強ひて貴顕や財産家と同じ世渡をしようとしてゐる人達である。
第一第二の階級には、ステパンは這入る事が出来ない。ステパンは第三第四の仲間から歓迎せられる丈である。さてその仲間に這入つてから、ステパンはまづ貴夫人のどれかに関係を付けようと企てた。併しそれは間もなく出来て、然も余り容易に出来たので我ながら驚いた。
さて暫くして気が付いて見ると、自分の交際してゐる社会は決して最上流ではない。それより上に別天地がある。その別天地では随分喜んで自分を請待してはくれるが、どうしても他人扱にしてゐる。勿論自分に対してその人々の言つたり、したりする事は丁寧で親密らしくは見える。併し矢張仲間としては取扱つてくれない。そこでステパンはその仲間に入らうと企てた。それには二つの途がある。一つは侍従武官になる事である。これは早晩出来さうに思はれる。今一つは最上流の令嬢と結婚する事である。ステパンはこれをも為遂げようと企てた。
ステパンの選んだのは絵のやうに美しい令嬢である。それが女官を勤めてゐる。この令嬢は単に最上流の社会に属してゐると云ふばかりではない。最上流の中の極めて高貴な最も勢力のある人達からうるさい程大事にせられてゐる。その令嬢はコロトコフ伯爵の娘である。ステパンがこの人に結婚を申込まうとしたのは、決して最上流の社会に交らうとする手段ばかりではない。その娘が如何にも人好のする質《たち》であつたので、ステパンはそれに接近してから間もなく恋ひ慕ふやうになつてゐた。令嬢は初めはステパンに対して非常に冷淡であつた。それが或る時どうした事か突然態度を一変して、ステパンに優しくするやうになつた。殊に母の伯爵夫人がステパンを屋敷へ引き寄せようとして骨を折るやうになつたのは、不思議な程であつた。
さてステパンは正式に結婚を申込んだ。申込はすぐに聴き入れられた。ステパンはこれ程の幸運が余り容易に得られたので、我ながら不思議に思つた。それにどうも母と娘との挙動に怪しいところがあるらしく感ぜられた。併しもうその娘に溺れ
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