゚》には普通の立派な青年近衛士官で、専念に立身を望んでゐるものとしか見えない。併しその腹の中に立ち入つて見ると、非常に複雑な、緊張した思慮をめぐらしてゐる。その思つてゐる事は子供の時から種々に変化したやうである。それは真に変化したのではない。煎じ詰めて見れば只一つの方針になる。即ち何事に依らず完全に為遂《しと》げて、衆人の賞讃と驚歎とを博せようとするのである。例之《たとへ》ば学科は人に褒められ、模範とせられるまで勉強する。さてその目的を達してしまふと、何か外の方角へ手を出すのである。そんな風で、幼年学校にゐた間、あらゆる学科の最優等生になつてゐた。その頃フランス語の会話が只一つ不得手《ふえて》であつた。そこで非常にフランス語を研究して、とう/\ロシア語と同じやうにフランス語を話すことが出来るまでに為上げた。遊戯の中で将棋なども、習ひ始めてからは、生徒仲間で一番に成るまで息《や》めなかつた。
此男が士官になつてからは、本務上陛下に仕へ本国の為めに勤務するのは無論である。併しその外にいつも何か一為事《ひとしごと》始めてゐる。然もその副業に全幅の精神を傾注して成功するまでは息めない。どんな詰まらぬ事にもせよ、此流義で為遂げる。そこで其事が成就してしまふと、直ぐにそれを擲《なげう》つて、何か新しい方角に向つて進む。兎に角或る事件を企てる、それを成功して人を凌駕しようとする精神がこの男を支配してゐる。最初に聯隊に這入つた時、ステパンは一つこの勤務と云ふものを飽くまで研究しようと思つた。そこでステパンは間もなく聯隊中の模範将校になつた。併し惜しい事には例の激怒がどうかすると発する。そこで勤務上にも考科に疵を付けるやうな不都合の出来る事があつた。
ステパンは後に上流社会で交際するやうになつてから自分の普通教育の足りない事に気が付いた。そこでその穴埋をしようと思つて、すぐに種々の書物を買ひ込んだ。そして間もなく目的を達した。次いで交際社会で立派な地位を占めようと思つた。そこで舞踏の稽古をして上手になつた。上流社会で舞踏会や夜会を催す事があると、ステパンはきつと請待《しやうだい》せられる事になつた。ところがそれまでになつたステパンの心中には満足の出来ない事があつた。それはどこへ往つても第一の地位を占めようと思つてゐるのに、実際は中々それどころではなかつたからである。
その頃の上
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