パアテル・セルギウス
VATER SERGIUS
レオ・トルストイ Lev Nikolaevich Tolstoi
森林太郎訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お上《かみ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)無論只|空《くう》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》を

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)とう/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Lise《リイズ》, regarde《ルガルト》 a`《ア》 droite《ドロアト》, c'est《セエ》 lui《リユイ》!〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
−−

     一

 千八百四十何年と云ふ頃であつた。ペエテルブルクに世間の人を皆びつくりさせるやうな出来事があつた。美男子の侯爵で、甲騎兵聯隊からお上《かみ》の護衛に出てゐる大隊の隊長である。この士官は今に侍従武官に任命せられるだらうと皆が評判してゐたのである。侍従武官にすると云ふ事はニコラウス第一世の時代には陸軍の将校として最も名誉ある抜擢であつた。この士官は美貌の女官と結婚する事になつてゐた。女官は皇后陛下に特別に愛せられてゐる女であつた。然るに此士官が予定してあつた結婚の日取の一箇月前に突然辞職した。そして約束した貴婦人との一切の関係を断つて、少しばかりの所領の地面を女きやうだいの手に委ねて置いて、自分はペエテルブルクを去つて出家しにある僧院へ這入つたのである。
 此出来事はその内部の動機を知らぬ人の為めには、非常な、なんとも説明のしやうのない事件であつた。併し当人たる侯爵ステパン・カツサツキイが為めには是非さうしなくてはならぬ事柄で、どうもそれより外にはしやうがないやうに思はれたのである。
 ステパンの父は近衛の大佐まで勤めて引いたものであつた。それが亡くなつたのはステパンが十二歳の時である。父は遺言して、己の死んだ跡では、倅を屋敷で育て
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