負けじ魂の草紙を洗う姿を描くことに思い到ったのは、全く金剛先生のこの入神の芸術を拝見したがためでありましょう。
私の草紙洗小町は、いわば金剛先生の小町の面を生きた人の顔に置きかえただけで、モデルは金剛先生で、私は先生からあの画材をいただいたという次第であります。
砧
これは九州芦屋の何某にて候。我自訴の事あるにより在京仕りて候。かりそめの在京と存じ候へども、当年三歳になりて候。あまりに故郷《ふるさと》の事心もとなく候程に、召使ひ候夕霧と申す女を下さばやと思ひ候。いかに夕霧、あまりに故郷心もとなく候程に、おことを下し候べし。この年の暮には必ず下るべき由心得て申し候へ……
謡曲「砧」は、こういううたい出しにて、主人の命をうけた夕霧が筑前国の芦屋の館へ下って、芦屋某の妻に会って、その主人の伝言をつたえるのであります。
三年の間、ひとり佗しく主人の帰館を待っていた妻は、帰って来たのは主人ではなくて召使いの夕霧であったのでがっかりするが、しかしせめて愛《いと》しの背の君の消息をきけたことを慰めとして、よもやまの京の都の話や、主人の苦労のことを話しあっていると、どこか
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