町」は昭和十二年の文展出品作で、これは金剛巌先生の能舞台姿から着想したものであります。
 金剛先生の小町は古今の絶品とも言われていますが、あの小町の能面がいつか紅潮して、拝見しているうちにそれが能面ではなく世にも絶世の美女小町そのものの顔になって生きているのでした。まるで夢に夢みる気持ちで眺めていた私は、
「あれを能面でない生きた美女の顔として扱ったら……」
 そう思ったときあの草紙洗小町の構図がすらすらと出来上ったのでした。

 むかしむかし内裏の御殿で御歌合せの御会があったとき大伴黒主の相手に小野小町が選ばれました。
 黒主は相手の小町は名にし負う歌達者の女性ゆえ明日の歌合せに負けてはならじと、前夜こっそりと小町の邸へ忍び入って、小町が明日の歌を独吟するのを盗みきいてしまいました。
 御題は「水辺の草」というのですが、小町の作った歌は、
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蒔かなくに何を種とて浮草の
   波のうね/\生ひ茂るらむ
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 というのですが、腹の黒主はそれをこっそり写しとって家に帰り、その歌を万葉集の草紙の中へ読人不知として書き加え、何食わぬ顔をして翌日清涼殿
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