てこれ絵の題材と言っていいくらいでしょう。
 よほどの高い内容をもったものでないと、謡曲にとりあげられないのですから、したがってその事象を絵に移しても、絵もまた自然と格の高い品位のあるものになるという訳であります。
 私は謡曲が好きな故か謡曲から取材して描いた絵は相当にあります。中でも「砧」や「草紙洗小町」などはその代表的なものでしょう。

 もっとも絵の材料になると言っても、文字につくられた謡曲の謂いではありません。それにつれて演出される格調の高いあの能楽の舞台面が多いのです。

 表情の移らない無表情の人の顔を能面のようなと言いますが、しかし、その無表情の能面といえども、一度名人の師がそれをつけて舞台へ出ますと、無表情どころか実に生き生きとした芸術的な表情をその一挙手一投足の間に示すものであります。

 私の先生の金剛巌さんやその他名人のつけられる面は、どれもこれも血が通っていて、能を拝見しているうちに、
「あれが能面なのであろうか」
 と疑うことがしばしばあります。そんな時にはその面はもはや面ではなくして一箇の生きた人の顔なのであります。

       草紙洗小町

「草紙洗小
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