、そこに永住する決意をしたのである。
世に謂う孟母三遷の有名な話であるが、孟母は、これほどにまでして育てた孟子も、成長したので思い切って他国へ学問にやってしまった。
しかし、年少の孟子は、国にのこした母が恋しくてならなかった。
ある日、母恋しさに、孟子はひょっこりと母のもとへ帰って来たのである。
ちょうどそのときは、孟母は機《はた》を織っていた。母は孟子の姿を見ると、一瞬はうれしそうであったが、すぐに容子を変えて、優しくこう訊ねた。
「孟子よ。学問はすっかり出来ましたか」
孟子は、母からそう問われると、ちょっとまごついた。
「はい、お母さま。やはり以前と同じところを学んでいますが、いくらやっても駄目なので、やめて帰りました」
この答えをきいた孟母は、いきなり傍の刃物をとりあげると、苦心の織物を途中で剪《き》ってしまった。そして孟子を訓した。
「ごらんなさい、この布れを――お前が学問を中途にやめるのも、この織物を中途でやめるのも、結果は同じですよ」
孟子は、母が夜もろくろく寝ずに織った、この尊い織物が、まだ完成をみないうちに断《き》られたことを、こよなく悔いた。母にすまな
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