って、目をさまさせては寝不足して死ぬよって……」
 子供の松篁には水の中で寝るという金魚のことが判らないらしく、
「でも心配やよって……」
 と、妙な顔をして――しかし、まだ気になるとみえて金魚鉢をふり返っていた。

 友あり遠方から来る愉しからずや……と支那の古人は言った。そうしてあり合わせの魚や山の幸をさし出して心からもてなした。
 ご馳走というものは必ずしも山海の珍味を卓上に山盛りすることではない。要はそれをもてなすあるじ達の心の量にあるのではなかろうか。
 先日久しく訪わない旧知のお茶人の家を訪れたところ、そこの老夫婦はいたく心から歓迎してくれた。
 ところがその歓迎の方法から夫婦は美しい喧嘩をはじめたのである。
 ご主人の主張はこうであった。
「今日のお客さんは無理なご馳走を嫌いなかたであるから当節むきに、台所にある有り合わせもので間に合わせばよい。お客さんはそのほうを却って悦ばれるのだ」
 奥がたの主張はこうであった。
「それは違う。久しくお目にかからなかったお客さんであるから、うんとご馳走を並べなくてはいけない。あなたご馳走という字は馬に乗って走り廻る也と書きますよ。その
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