た。
彼女は床づいていて、真蒼な不安な顔をして、眼のふちが黯《くろ》ずんで鼻が尖《とん》がり、唇は乾ききって、髪はぐったりと崩れていました。すべての様子が、病院でしばしば見る重病患者にそっくりでした。
前の晩、突然、腹部に激烈な疼痛が起ったので、家人が寝台に寝かしたそうですが、それ以来|間断《ひっきり》なしに呻いていて、ときどき吃逆《しゃっくり》がまじって、人が手でものべると、触られるのを嫌がって、一生懸命に押しのける身振りをする。そして決して触ってくれるなということを、眼付で歎願しているのです。
診ると、一時間も、いや一分間も猶予の出来ない状態なので、早速院長を招んだところ、院長の診断もやはり、すぐその場で手術をしなければ可《い》けないというのです。
サアこうなると、知らない患者のために落ちついて手術の準備をするのと、最愛の女《ひと》のために怖々《こわごわ》その準備をするのとは、心持に於て非常な相違があります。
隣りの室《へや》で人々がせっせと手術の仕度をやっている間に、哀れな恋女《こいびと》は、私を傍《そば》へ呼んで、そっと囁きました。
『わたし平気よ。どうぞ心配しないで
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