多少の猫背つかって、二日すらない顎《あご》の下のひげを手さぐり雨の巷《ちまた》を、ぼんやり見ている。なぐられて、やかれて、いまはくろがねの冷酷を内にひそめて、(断)
二十九日。
十字架のキリスト、天を仰いでいなかった。たしかに。地に満つ人の子のむれを、うらめしそうに、見おろしていた。
手の札、からりと投げ捨てて、笑えよ。
三十日。
雨の降る日は、天気が悪い。
三十一日。
(壁に。)ナポレオンの欲していたものは、全世界ではなかった。タンポポ一輪の信頼を欲していただけであった。
(壁に。)金魚も、ただ飼い放ち在るだけでは、月余の命、保たず。
(壁に。)われより後に来るもの、わが死を、最大限に利用して下さい。
一日。
実朝《さねとも》をわすれず。
伊豆の海の白く立つ浪がしら
塩の花ちる。
うごくすすき。
蜜柑《みかん》畑。
二日。
誰も来ない。たより寄こせよ。
疑心暗鬼。身も骨も、けずられ、むしられる思いでございます。
チサの葉いちまいの手土産で、いいのに。
三日。
不言実行とは、暴力のことだ。手綱《たづな》のことだ。鞭《むち》のことだ。
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