二十七日。
「金魚も、ただ飼い放ち在るだけでは、月余の命、保たず。」(その三。)
人、口々に言う。「リアル」と。問わむ、「何を以てか、リアルとなす。蓮《はす》の開花に際し、ぽんと音するか、せぬか、大問題、これ、リアルなりや。」「否。」「ナポレオンもまた、風邪をひき、乃木《のぎ》将軍もまた、閨を好み、クレオパトラもまた、脱糞せりとの事実、これこそは君等のいうリアルならむ。」笑って答えず。「更に問わむ、太宰もまた泣いて原稿を買って下さい、とたのみ、チエホフも扉の敷居すりへって了うまで、売り込みの足をはこんだ、ゴリキイはレニンに全く牛耳《ぎゅうじ》られて易々諾々《いいだくだく》のふうがあった、プルウストのかの出版屋への三拝九拝の手紙、これをこそ、きみ、リアルというか。」用心のニヤニヤ笑いつづけながらも、少し首肯《うなず》く。「愚なる者よ。きみ、人その全部の努力用いて、わが妻子わすれむと、あがき苦しみつつ、一度持たせられし旗の捨てがたくして、沐雨櫛風《もくうしっぷう》、ただ、ただ上へ、上へとすすまなければならぬ、肉体すでに半死の旗手の耳へ、妻を思い出せよ、きみ、私め、かわってもよろしゅうござ
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