て、ずいぶん悲惨なことである。古くは、ドイツ廃帝。または、エチオピア皇帝。きのうの夕刊に依ると、スペイン大統領、アサーニア氏も、とうとう辞職してしまった。もっとも、これらの人たちは、案外のんきに、自適しているのかも知れない。桜の園を売り払っても、なあに山野には、桜の名所がたくさん在る、そいつを皆わがものと思って眺めてたのしむのさ、と、そこは豪傑たち、さっぱりしているかも知れない。けれども私は、ときどき思うことがある。宋美齢は、いったい、どうするだろう。
ぬ[#「ぬ」はゴシック体]、沼の狐火。
北国の夏の夜は、ゆかた一枚では、肌寒い感じである。当時、私は十八歳、高等学校の一年生であった。暑中休暇に、ふるさとの邑《むら》へかえって、邑のはずれのお稲荷《いなり》の沼に、毎夜、毎夜、五つ六つの狐火が燃えるという噂を聞いた。
月の無い夜、私は自転車に提灯《ちょうちん》をつけて、狐火を見に出かけた。幅《はば》一尺か、五寸くらいの心細い野道を、夏草の露を避けながら、ゆらゆら自転車に乗っていった。みちみち、きりぎりすの声うるさく、ほたるも、ばら撒《ま》かれたようにたくさん光っていた。お稲荷の
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