鳥居をくぐり、うるしの並木路を走り抜け、私は無意味やたらに自転車の鈴を鳴らした。
 沼の岸に行きついて、自転車の前輪が、ずぶずぶぬかった。私は、自転車から降りて、ほっと小さい溜息。狐火を見た。
 沼の対岸、一つ、二つ、三つの赤いまるい火が、ゆらゆら並んでうかんでいた。私は自転車をひきずりながら、沼の岸づたいに歩いていった。周囲十丁くらいの小さい沼である。
 近寄ってみると、五人の老爺《ろうや》が、むしろをひいて酒盛《さかもり》をしていた。狐火は、沼の岸の柳の枝にぶらさげた三個の燈籠であった。運動会の日の丸の燈籠である。老爺たちは、私の顔を覚えていて、みんな手を拍《う》って笑って、私を歓迎した。私は、その五人のうちの二人の老爺を知っていた。ひとりは米屋で破産、ひとりは汚い女をおめかけに持って痴呆《ちほう》になり、ともにふるさとの、笑いものであった。沼の水を渡って来る風は、とても臭い。
 五人のもの、毎夜ここに集い、句会をひらいているというのである。私の自転車の提灯の火を見て、さては、狐火、と魂《たましい》消《け》しましたぞ、などと相かえり見て言って、またひとしきり笑いさざめくのである。私
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