どうにも、ひどい騒ぎになってしまった。
 茶会の当日、私は、たった一足しかない取って置きの新しい紺足袋をはいて家を出た。服装まずしくとも足袋は必ず新しきを穿《うが》つべし、と茶の湯客の心得に書かれてある。省線の阿佐ヶ谷駅で降りて、南側の改札口を出た時、私は私の名を呼ばれた。二人の大学生が立っている。いずれも黄村先生のお弟子の文科大学生であって、私とは既に顔|馴染《なじみ》のひとたちである。
「やあ、君たちも。」
「ええ、」若いほうの瀬尾君は、口をゆがめて首肯《うなず》いた。ひどくしょげ返っている様子であった。「困ってしまいました。」
「また油をしぼられるんじゃねえかな、」ことし大学を卒業してすぐに海軍へ志願する筈になっている松野君も、さすがに腐り切っているようであった。「茶の湯だなんて、とんでもない事をはじめるので、全くかなわねえや。」
「いや、大丈夫だ。」私は、このふさぎ込んでいる大学生たちに勇気を与えたかった。「大丈夫だ。僕はいささか研鑽して来たからね、きょうは何でも僕のするとおりに振舞っておれば間違いない。」
「そうでしょうか。」瀬尾君は少し元気を恢復《かいふく》した様子で、「実
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