ちはそれにはかまわず、順々に縁側に躙《にじ》り上り、さて私は部屋を見廻したが、風炉も釜も無い。ふだんのままのお部屋である。私は少し狼狽《ろうばい》した。頸《くび》を伸ばして隣りの三畳間を覗くと、三畳間の隅に、こわれかかった七輪が置かれてあって、その上に汚く煤《すす》けたアルミニュームの薬鑵《やかん》がかけられている。これだと思った。そろそろと膝行して三畳間に進み、学生たちもおくれては一大事というような緊張の面持でぴったり私に附き添って膝行する。私たちは七輪の前に列座して畳に両手をつき、つくづくとその七輪と薬鑵を眺めた。期せずして三人同時に、おのずから溜息が出た。
「そんなものは、見なくたっていい。」先生は不機嫌そうな口調でおっしゃった。けれども先生には、どのような深い魂胆《こんたん》があるのか、わかったものでない。油断がならぬ。
「この釜は、」と私はその由緒《ゆいしょ》をお尋ねしようとしたが、なんと言っていいのか見当もつかない。「ずいぶん使い古したものでしょう。」まずい事を言った。
「つまらん事を言うなよ。」先生はいよいよ不機嫌である。
「でも、ずいぶん時代が、――」
「くだらんお世辞
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