て私が乞食だという彼の断案には承知できないものがあった。としの若いやつと、あまり馴《な》れ親しむと、えてしてこんないやな目に遭う。
 私はもういちど旅館の玄関から入り直して、こんどはあかの他人の一旅客としてここに泊って、ぜが非でも勘定をきちんと支払い、そうして茶代をいやというほど大ふんぱつして、この息子とは一言も口をきかずに帰ってしまおうかとさえ考えた。
「さすがに僕の先生は、眼が高いと思いましたよ。じっさい、これは面白かった。」
 小川君は、しかし、余念なさそうに、そう言う。
 僕のほうで、ひがみすごしているのかな? と私は考え直した。
「若旦那《わかだんな》。」
 と襖《ふすま》のかげから、女のひとが、新太郎君を呼んだ。
「なんだ。」
 と答えて立って襖をあけ、廊下に出て、
「うん、そう、そう、そうだ。どてら? もちろんだ。早くしろ。」
 などと言っている。
 そうして、部屋の外から私に向って、
「先生、お湯にはいりましょう。どてらに着かえて下さい。僕もいま、着かえて来ますから。」
「ごめん下さい。いらっしゃいまし。」
 四十前後の、細面の、薄化粧した女中が、どてらを持って部屋へは
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