いって来て、私の着換えを手伝った。
 私は、ひとの容貌《ようぼう》や服装よりも、声を気にするたちのようである。音声の悪いひとが傍にいると、妙にいらいらして、酒を飲んでもうまく酔えないたちである。その四十前後の女中は、容貌はとにかく、悪くない声をしていた。若旦那、と襖のかげで呼んだ時から、私はそれに気が附いていた。
「あなたは、この土地のひとですか?」
「いいえ。」
 私は風呂場に案内せられた。白いタイル張りのハイカラな浴場であった。
 小川君と二人で、清澄なお湯にひたりながら、君んとこは、宿屋だけではないんじゃないか? と、小川君に言ってやって、私の感覚のあなどるべからざる所以《ゆえん》を示し、以《もっ》て先刻の乞食の仕返しをしてやろうかとも考えたが、さすがに遠慮せられた。別に確証があっての事ではない。ただふっとそんな気がしただけの事で、もし間違ったら、彼におわびの仕様も無いほど失礼な質問をしてしまった事になる。
 その夜は、所謂《いわゆる》地方文化の粋《すい》を満喫《まんきつ》した。
 れいのあの、きれいな声をした年増の女中は、日が暮れたら、濃い化粧をして口紅などもあざやかに、そうし
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