母
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)所謂《いわゆる》
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昭和二十年の八月から約一年三箇月ほど、本州の北端の津軽の生家で、所謂《いわゆる》疎開《そかい》生活をしていたのであるが、そのあいだ私は、ほとんど家の中にばかりいて、旅行らしい旅行は、いちども、しなかった。いちど、津軽半島の日本海側の、或《あ》る港町に遊びに行ったが、それとて、私の疎開していた町から汽車で、せいぜい三、四時間の、「外出」とでも言ったほうがいいくらいの小旅行であった。
けれども私は、その港町の或る旅館に一泊して、哀話、にも似た奇妙な事件に接したのである。それを、書こう。
私が津軽に疎開していた頃は、私のほうから人を訪問した事は、ほとんど無かったし、また、私を訪問して来る人もあまり無かった。それでも時たま、復員の青年などが、小説の話を聞かして下さい、などと言ってやって来る。
「地方文化、という言葉がよく使われているようですが、あれは、先生、どういう事なんでしょうか。」
「うむ。僕にもよくわからないのだがね。たとえば、いまこの地方には、濁酒がさかんに作られているようだが、
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