の傍の炉を挟《はさ》んで坐った。彼の机の上には、一冊の書物が、ひらかれたまま置かれていた。たったいままで読んでいたという形のつもりかも知れないが、それもまた、あまりにきちんとひらかれて置かれているので、かえって彼が、その本を一ページも読まなかったのではなかろうかという失礼な疑念がおのずから湧《わ》き上るのを禁じ得なかったくらいであった。
私が机上をちらと見て思わず口をゆがめたのを、素早く彼は見てとった様子で、憤然、とでも形容したいほどの勢いで、その机上の本を取り上げ、
「いい小説ですね、これは。」
と言った。
「わるい小説は、すすめないさ。」
その本は、私が、どんなものを読めばいいかという彼の問いに応えて、ぜひそれを読めとすすめた短篇集なのであった。
「まったく偉い作家だ。僕はいままで知らなかった。もっと早くから読んでおればよかった。万世一系とは、こんな作家の事を言うのです。この作家にくらべたら、先生なんかは乞食《こじき》みたいだ。」
その短篇集の著者が、万世一系かどうか、それは彼の言論の自由のしからしむるところであろうから、敢《あ》えて不問に附するとしても、それに較《くら》べ
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