ですか、まだ、いたみますか。」と、のんきに尋ねる。
「いいえ。」
私の気のせいか、それは、消え入るほどの力弱い声であった。
「やけどに、とてもよくきく薬を自分は持っているんだけどな。そのリュックサックの中にはいっているんです。塗ってあげましょうか。」
女は何も答えない。
「電気をつけてもいいですか?」
男は起き上りかけた様子だ。リュックサックから、そのやけどの薬を取り出そうと思っているらしい。
「いいのよ、寒いわ。眠りましょう。眠らないと、わるいわ。」
「一晩くらい眠らなくても、自分は平気なんです。」
「電気をつけちゃ、いや!」
するどい語調であった。
隣室の先生は、ひとりうなずく。電気を、つけてはいけない。聖母を、あかるみに引き出すな!
男は、また蒲団にもぐり込んだ様子だ。そうして、しばらく、二人は黙っている。
男は、やがて低く口笛を吹いた。戦争中にはやった少年航空兵の歌曲のようであった。
女は、ぽつんと言った。
「あしたは、まっすぐに家《うち》へおかえりなさいね。」
「ええ、そのつもりです。」
「寄り道をしちゃだめよ。」
「寄り道しません。」
私は、うとうとまどろ
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