ませんよ。私のほうにも都合があります。」
「どんな都合?」
「そんな事は、お前さんに言う必要は無い。」
「パンパンに貸すのか?」
「そうでしょう。」
「姉さん、僕はこんど結婚するんだぜ。たのむから貸してくれ。」
「お前さんの月給はいくらなの? 自分ひとりでも食べて行けないくせに。部屋代がいまどれくらいか、知ってるのかい。」
「そりゃ、女のひとにも、いくらか助けてもらって、……」
「鏡を見たことがある? 女にみつがせる顔かね。」
「そうか。いい。たのまない。」
立って、二階から降り、あきらめきれず、むらむらと憎しみが燃えて逆上し、店の肉切庖丁を一本手にとって、
「姉さんが要《い》るそうだ。貸して。」
と言い捨て階段をかけ上り、いきなり、やった。
姉は声も立てずにたおれ、血は噴出して鶴の顔にかかる。部屋の隅《すみ》にあった子供のおしめで顔を拭《ふ》き、荒い呼吸をしながら下の部屋へ行き、店の売上げを入れてある手文庫から数千円わしづかみにしてジャンパーのポケットにねじ込み、店にはその時お客が二、三人かたまってはいって来て、小僧はいそがしく、
「お帰りですか?」
「そう。兄さんによろしく。
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