突き刺した。
部屋。
鶴は会社の世田谷の寮にいた。六畳一間に、同僚と三人の起居である。森ちゃんは高円寺の、叔母《おば》の家に寄寓《きぐう》。会社から帰ると、女中がわりに立ち働く。
鶴の姉は、三鷹《みたか》の小さい肉屋に嫁《とつ》いでいる。あそこの家の二階が二間。
鶴はその日、森ちゃんを吉祥寺《きちじょうじ》駅まで送って、森ちゃんには高円寺行きの切符を、自分は三鷹行きの切符を買い、プラットフオムの混雑にまぎれて、そっと森ちゃんの手を握ってから、別れた。部屋を見つける、という意味で手を握ったのである。
「や、いらっしゃい。」
店では小僧がひとり、肉切|庖丁《ぼうちょう》をといでいる。
「兄さんは?」
「おでかけです。」
「どこへ?」
「寄り合い。」
「また、飲みだな?」
義兄は大酒飲みである。家で神妙に働いている事は珍らしい。
「姉さんはいるだろう。」
「ええ、二階でしょう?」
「あがるぜ。」
姉は、ことしの春に生れた女の子に乳をふくませ添寝《そいね》していた。
「貸してもいいって、兄さんは言っていたんだよ。」
「そりゃそう言ったかも知れないけど、あのひとの一存では、きめられ
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