本橋の待合「さくら」を出た。
外は冬ちかい黄昏《たそがれ》。あれから、一昼夜。橋のたもとの、夕刊を買う人の行列の中にはいる。三種類の夕刊を買う。片端から調べる。出ていない。出ていないのが、かえって不安であった。記事差止め。秘密裡に犯人を追跡しているのに違い無い。
こうしては、おられない。金のある限りは逃げて、そうして最後は自殺だ。
鶴は、つかまえられて、そうして肉親の者たち、会社の者たちに、怒られ悲しまれ、気味悪がられ、ののしられ、うらみを言われるのが、何としても、イヤで、おそろしくてたまらなかった。
しかし、疲れている。
まだ、新聞には出ていない。
鶴は度胸をきめて、会社の世田谷の寮に立ち向う。自分の巣で一晩ぐっすり眠りたかった。
寮では六畳一間に、同僚と三人で寝起きしている。同僚たちは、まちに遊びに出たらしく、留守である。この辺は所謂《いわゆる》便乗線とかいうものなのか、電燈はつく。鶴の机の上には、コップに投げいれられた銭菊《ぜにぎく》が、少し花弁が黒ずんでしなびたまま、主人の帰りを待っていた。
黙って蒲団をひいて、電燈を消して、寝た、が、すぐまた起きて、電燈をつけ
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