ろりと落した。カチャンと澄んだ音がして、ガラスがこまかくこわれた。もはや修繕《しゅうぜん》の仕様も無い。時計のガラスなんか、どこにも売ってやしない。
「なんだ、もう駄目か。」
私は、がっかりした。
「ばかねえ。」と義妹は低くひとりごとのように言い、けれども、その唯一といっていいくらいの財産が一瞬にして失われた事を、さして気にも留めていない様子だったので、私は少しほっとした。
そのお家の庭の隅《すみ》で炊事《すいじ》をして、その夕方、六畳間でみんな早寝という事になり、けれども妻も義妹もひどく疲れていながらなかなか眠れぬ様子で、何かと身の振方などに就いて小声で相談している。
「なに、心配する事はないよ。みんなで、おれの生れ故郷へ行くさ。何とかなるよ。」
妻も妹も沈黙した。私のどんな意見も、この二人には、前からあまり信用されていないのである。二人は、めいめい他の事を考えているらしく、何とも答えない。
「やっぱりどうも、おれは信用が無いようだな。」と私は苦笑して、「けれども、たのむから、こんどだけは、おれの言うとおりにしてくれ。」
妹は暗闇の中で、クスクス笑った。そんなにおっしゃっても
前へ
次へ
全20ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング