らいましたけど。」
「どこで?」
「学校にお医者が出張してまいりましたから。」
「そいつあ、よかった。」
「いいえ、でも、看護婦さんがほんの申しわけみたいに、――」
「そうか。」
 その日は、甲府市の郊外にある義妹の学友というひとのお家で休ませてもらう事にした。焼跡の穴から掘り出した食料やお鍋《なべ》などを、みんなでそのお家に運んだ。私は笑いながら、ズボンのポケットから懐中時計を出して、
「これが残った。机の上にあったから、家を出る時にポケットにねじ込んで走ったのだ。」
 それは、海軍の義弟の時計であったが、私が前から借りて私の机の上に置いていたものなのだ。
「よかったわね。」と義妹も笑い、「兄さんにしちゃ大手柄じゃないの。おかげで、うちの財産が一つ殖《ふ》えたわ。」
「そうだろう?」と私は少し得意みたいな気持になり、「時計が無いとね、何かと不便なものだからね。ほら、お時計だよ、」と言って、上の女の子の手にその懐中時計を握らせ、「耳にあててごらん、カチカチ言ってるだろう? このとおり、めくらの子のおもちゃにもなる。」
 子供は時計を耳に押しあて、首をかしげてじっとしていたが、やがて、ぽ
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