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(数枝)(あさのほうを見て、机上の書きかけの手紙を畳んでふところにいれ、それから、立ってあさのほうへ行き、あさをゆり起し)お母さん、お母さん。
(あさ) ああ、(と眼ざめて深い溜息《ためいき》をつく)ああ、お前かい。
(数枝) どこか、お苦しい?
(あさ) いいえ、(溜息)何だかいやな、おそろしい夢を見て、……(語調をかえて)睦子は?
(数枝) けさ早く、おじいちゃんに連れられて弘前《ひろさき》へまいりました。
(あさ) 弘前へ? 何しに?
(数枝) あら、ご存じ無かったの? きのう来ていただいたお医者さんは、弘前の鳴海《なるみ》内科の院長さんよ。それでね、お父さんがきょう、鳴海先生のとこへお薬をもらいに行ったの。
(あさ) 睦子がいないと、淋《さび》しい。
(数枝) 静かでかえっていいじゃないの。でも、子供ってずいぶん現金なものねえ。おばあちゃんが御病気になったら、もうちっともおばあちゃんの傍には寄りつかず、こんどはやたらにおじいちゃんにばかり甘えて、へばりついているのだもの。
(あさ) そうじゃないよ。それはね、おじいちゃんが一生
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