懸命に睦子のご機嫌《きげん》をとったから、そうなったのさ。おじいちゃんにして見れば、ここは何としても睦子を傍に引寄せていたいところだろうからね。
(数枝) あら、どうして? (火鉢に炭をついだり、鉄瓶に水をさしたり、あさの掛蒲団《かけぶとん》を直してやったり、いろいろしながら気軽い口調で話相手になってやっている)
(あさ) だって、あたしがいなくなった後でも、睦子がおじいちゃんになついて居れば、お前だって、東京へ帰りにくくなるだろうからねえ。
(数枝)(笑って)まあ、へんな事を言うわ。よしましょう、ばからしい。林檎《りんご》でもむきましょうか。お医者さんはね、何でも食べさえすれば、よくなるとおっしゃっていたわよ。
(あさ)(幽《かす》かに首を振り)食べたくない。なんにもいただきたくない。きのう来たお医者さんは、あたしの病気を、なんと言っていたの?
(数枝)(すこし躊躇《ちゅうちょ》して、それから、はっきりと)胆嚢炎《たんのうえん》、かも知れないって。この病気は、お母さんのように何を食べてもすぐ吐くのでからだが衰弱してしまって、それで危険な事があるけれども、でも、いまに食べものがおなかに
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