め。(庖丁を取り上げ、あさを蹴倒《けたお》し、外にのがれ出る。どさんと屋根から下へ飛び降りる音が聞える)
(数枝)(あさに武者振りついて)お母さん! つらいわよう。(子供のように泣く)
(あさ)(数枝を抱きかかえ)聞いていました。立聞きして悪いと思ったけど、お前の身が案じられて、それで、……(泣く)
(数枝) 知っていたわよう。お母さんは、あの襖の蔭で泣いていらした。あたしには、すぐにわかった。だけどお母さん、あたしの事はもう、ほっといて。あたしはもう、だめなのよ。だめになるだけなのよ。一生、どうしたって、幸福が来ないのよ。お母さん、あたしを東京で待っているひとは、あたしよりも年がずっと下のひとだわ。
(あさ)(おどろく様子)まあ、お前は。(数枝をひしと抱きかかえ)仕合せになれない子だよ。
(数枝)(いよいよ泣き)仕様が無いわ。仕様が無いわ。あたしと睦子が生きて行くためには、そうしなければいけなかったのよ。あたしが、わるいんじゃないわよ。あたしが、わるいんじゃないわよ。
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雪が間断なく吹き込む。その辺の畳も、二人の髪、肩なども白くなって
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