や。殺してやりたい。
(清蔵)(あさの立っているのを見て驚き)やあ、お母さん、あなたはそこにいたのですか。(急にはにかみ、畳の上の出刃庖丁をそそくさと懐《ふところ》にしまいこみ)失礼しました。帰りましょう。(立ち上り、二重廻しを着る)
(あさ)(おどおど部屋にはいり、清蔵の傍に寄り、清蔵が二重廻しを着るのにちょっと手伝い、おだやかに)清蔵さん、早くお嫁をもらいなさい。数枝には、もう、……。
(数枝)(小声で鋭く)お母さん! (言うなと眼つきで制する)
(清蔵)(はっと気附いた様子で)そうですか。数枝さん、あなたもひどい女だ。(にやりと笑って)凄《すご》い腕だ。おそれいりましたよ。私が毛虫なら、あなたは蛇《へび》だ。淫乱《いんらん》だ。女郎だ。みんなに言ってやる。ようし、みんなに言ってやる。(身をひるがえして、背後の雨戸をあける。どっと雪が吹き込む)
(あさ)(低く、きっぱりと)清蔵さん、お待ちなさい。(清蔵に抱きつくようにして、清蔵のふところをさぐり、出刃庖丁を取り出し、逆手に持って清蔵の胸を刺さんとする)
(清蔵)(間一髪にその手をとらえ)何をなさる。気が狂ったか、糞婆《くそばばあ》
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