さんはよその人じゃないんだもの、ねえ清蔵さん、と私のほうを見て妙に笑いました。覚えて、おいでですか。
(数枝)(火箸で灰を掻き撫でながら、無造作に)忘れちゃったわ。
(清蔵) そうですか。(溜息をついて)何もかも私が馬鹿だったのです。私はあの時、あなたにそう言われて、あまり嬉しくて、涙が出て、ごはんも喉《のど》にとおらなかった程だったのです。これはきっと数枝さんも、東京の学校を卒業して帰って来たら、私と一緒になるつもりなのに違いない、そうして、あなたのお母さんも、だいたいその気で居られるのだとそう思い込んでしまったのです。
(数枝) そりゃ、お母さんは、そんな気でいらっしゃったのかも知れないわ。あなたの家と私の家とは昔から親しくしているんだし、それにあなたは、お母さんのお気にいりだったし、だからあたしも、あなたを他人のようには思っていなかったんだけど、……でも、……。
(清蔵)(うなずき)そうでしょうとも、そうでしょうとも。私が馬鹿な勘違いをしたのです。けれども、数枝さん、私はそれから待ちましたよ。もうきっと、あなたと一緒になれるものと錯覚してしまって、心の中では、あなたをワイフと呼ん
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