で待っていましたのに、あなたは、あれっきりもう帰って来ない。この地方では男は二十三、四になると、たいていお嫁をもらっているのです。私にもいろんな縁談がありましたが、私は全部断りました。けれどもあなたは夏休みにも冬休みにも一こう村へ帰って来ないで、そのうちにあなたが、あなたの学校の先生で小説家でもある島田哲郎と結婚したという事を聞きました。まあ私の間《ま》の悪さはどんなだったか、察して下さい。私はそれから人が変りました。うちの精米場の手伝いもあまりしなくなりました。煙草の味も覚えました。酒を飲んで人に乱暴を働くようにもなりました。夜這いも、しました。
(数枝)(噴《ふ》き出して)嘘《うそ》、嘘。もうその辺からみんな嘘ね。男のひとって、なぜそんな見え透いた嘘をつくんだろう。ご自分の嘘がご自分に気附いていないみたいに、大まじめでそんな嘘を言ってるのね。あたしが東京へ行って、あなたの事を忘れてしまっていたように、あなただってそうなのよ。あたしと浪岡の停車場で別れてそれからずっと十年間もあたしの事ばかり思っているなんて事は、出来るわけは無いじゃありませんか。人間は皆、自分の毎日の生活に触れて来た
前へ 次へ
全49ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング