出されて、ぞろぞろ西洋間へひきあげて、「おさむさんは、まだだよ。」
「いいえ。そのソファのかげにいます。」
 私はソファのかげからあらわれた。あなたは、知っている? 冷くつぶやいた。「だって、あたしは鬼だもの。」
 二十年、私は鬼を忘れない。先日、浅田夫人恋の三段飛という見出しの新聞記事を読みました。あなたは、二科の新人。有田教授の、――いや、いうまい。思えば、あのころ、十六歳の夏から、あなたの眉間《みけん》に、きょうの不幸を予言する不吉の皺《しわ》がございました。「お金持ちの人ほど、お金にあこがれるのね。お金かせいでこさえたことがないから、お金、とうとく、こわいのね。」あなたのお言葉、わすれていませぬ。公言ゆるせ。萱野さん、あなたは私の兄に恋していました。
 先夜、あの新聞の記事読んで、あなたの淋しさ思って三時間ほど、ひとりで蚊帳《かや》の中で泣いたものだ。一策なし、一計なし、純粋に、君のくるしみに、涙ながした。一銭の報酬いらぬ。その晩、あなたに、強くなってもらいたく、あなたの純潔信じて居るものの在ることお知らせしたく、あなたに自信もって生きてもらいたくて、ただ、それだけの理由で、お
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