たよりしようと、インク瓶のキルクのくち抜いて、つまずいた。福田|蘭童《らんどう》、あの人、こんな手紙、女のひとへ幾枚も、幾枚も、書いたのだ。寸分《すんぶん》ちがわぬ愛の手紙を。

     五唱 嘘つきと言われるほどの律儀者《りちぎもの》

 まちを歩けば、あれ嘘つきが来た。夕焼あかき雁の腹雲、両手、着物のやつくちに不精者らしくつっこみ、おのおの固き乳房をそっとおさえて、土蔵の白壁によりかかって立ちならんで居る一群の、それも十四、五、六の娘たち、たがいに目まぜ、こっくり首肯《うなず》き、くすぐったげに首筋ちぢめて、くつくつ笑う、その笑われるほどの嘘つき、この世の正直者ときわまった。今朝、ふるさとの新聞にて、なんとか家なる料亭、けしからぬ宿を兼ねて、それも歌舞伎のすっぽん真似《まね》てボタンひとつ押せば、電気仕掛け、するすると大型ベッド出現の由、読みながら噴き出した。あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて、わが悪の華、ひそかに実現はかったのではないのか、そんな大型の証拠、つきつけられては、ばからしきくらいに絶体絶命、一言も弁解できないじゃないか、ばかだなあ、田舎の悪
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