、三日前から、T君の両親の家に手伝いに行っていたのである。
 翌朝、私たちは早く起きて芝公園に出かけた。増上寺の境内に、大勢の見送り人が集っていた。カアキ色の団服を着ていそがしげに群集を掻《か》きわけて歩き廻っている老人を、つかまえて尋ねると、T君の部隊は、山門の前にちょっと立ち寄り、五分間休憩して、すぐにまた出発、という答えであった。私たちは境内から出て、山門の前に立ち、T君の部隊の到着を待った。やがて妹も小さい旗を持って、T君の両親と一緒にやって来た。私は、T君の両親とは初対面である。まだはっきり親戚《しんせき》になったわけでもなし、社交下手の私は、ろくに挨拶もしなかった。軽く目礼しただけで、
「どうだ、落ちついているか?」と妹のほうに話しかけた。
「なんでもないさ」妹は、陽気に笑って見せた。
「どうして、こうなんでしょう」妻は顔をしかめた。「そんなに、げらげら笑って」
 T君の見送り人は、ひどく多かった。T君の名前を書き記した大きい幟《のぼり》が、六本も山門の前に立ちならんだ。T君の家の工場で働いている職工さん、女工さんたちも、工場を休んで見送りに来た。私は皆から離れて、山門の端
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