悪い弟子の姿を、私は東京八景の一つに編入しようと思った。
 それから、ふたつきほど経って私は、更に明るい一景を得た。某日、妻の妹から、「いよいよTが明日出発する事になりました。芝公園で、ちょっと面会出来るそうです。明朝九時に、芝公園へ来て下さい。兄上からTへ、私の気持を、うまく伝えてやって下さい。私は、ばかですから、Tには何も言ってないのです」という速達が来たのである。妹は二十二歳であるが、柄が小さいから子供のように見える。昨年、T君と見合いをして約婚したけれども、結納の直後にT君は応召になって東京の或る聯隊にはいった。私も、いちど軍服のT君と逢って三十分ほど話をした事がある。はきはきした、上品な青年であった。明日いよいよ戦地へ出発する事になった様子である。その速達が来てから、二時間も経たぬうちに、また妹から速達が来た。それには、「よく考えてみましたら、先刻のお願いは、蓮葉《はすっぱ》な事だと気が附きました。Tには何もおっしゃらなくてもいいのです。ただ、お見送りだけ、して下さい」と書いてあったので私も、妻も噴き出した。ひとりで、てんてこ舞いしている様が、よくわかるのである。妹は、その二
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