悪くして来たような気もするが、今になってみると、かえってそれが良い結果になったようで、僕は嬉しいと思っているのだ」れいの重い口調で、そうも言われた。自動車で一緒に上野に出かけた。美術館で洋画の展覧会を見た。つまらない画が多かった。私は一枚の画の前に立ちどまった。やがてSさんも傍へ来られて、その画に、ずっと顔を近づけ、
「あまいね」と無心に言われた。
「だめです」私も、はっきり言った。
 Hの、あの洋画家の画であった。
 美術館を出て、それから茅場町《かやばちょう》で「美しき争い」という映画の試写を一緒に見せていただき、後に銀座へ出てお茶を飲み一日あそんだ。夕方になって、Sさんは新橋駅からバスで帰ると言われるので、私も新橋駅まで一緒に歩いた。途中で私は、東京八景の計画をSさんにお聞かせした。
「さすがに、武蔵野の夕陽は大きいですよ」
 Sさんは新橋駅前の橋の上で立ちどまり、
「画になるね」と低い声で言って、銀座の橋のほうを指さした。
「はあ」私も立ちどまって、眺めた。
「画になるね」重ねて、ひとりごとのようにして、おっしゃった。
 眺められている風景よりも、眺めているSさんと、その破門の
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