には馴染《なじみ》が薄くて、十二のとき、この家にはじめて落ちつき、祖父と一緒に暮すようになってからも、なんだか他人のような気がして、きたならしく、それに祖父の言葉には、とても強い東北|訛《なまり》が在りましたので何をおっしゃっているのか、よくわからず、いよいよ親しみが減殺されてしまうのでした。私が祖父に、ちっともなつかないので、祖父は手を換え品を変え私の機嫌をとったもので、れいの原敬の話も、夏の夜お庭の涼み台に大あぐらをかいて坐って、こんな工合に肘《ひじ》を張って、団扇《うちわ》を使いながら私に聞かせて下さったのですが、私は、すぐに退屈して、わざと大袈裟にあくびをしたら、祖父は、ちらとそれを横目で見て、急に語調を変えて、原敬は面白くなし、よし、それでは牛込七不思議、昔な、などと声をひそめて語り出すのでした。なんだか、ずるい感じのおじいさんでした。原敬の話だって、あてにならないと思います。あとで父にそのことを聞いたら、父は、ほろにがく笑って、いちどくらいは、この家へ来たかも知れません、おじいさんは嘘を言いません、と優しく教えて私の頭を撫でて下さいました。祖父は、私が十六のときになくなりま
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