え、このごろは私にも、とてもよそよそしくしていました。まあ、どうしたのでしょう。おあがりになりません? いろいろお伺いしたいのですけれど。」
「は、ありがとう。そうしても居られないのです。これから、すぐあいつを捜しに行かなければなりません。」見ると、兄さんは、ちゃんと背広を着て、トランクを携帯して居ります。
「心あたりがございますの?」
「ええ、わかって居ります。あいつら二人をぶん殴って、それで一緒にさせるのですね。」
兄さんはそう言って屈託なく笑って帰りましたけれど、私は勝手口に立ったままぼんやり見送り、それからお部屋へ引返して、母の物問いたげな顔にも気づかぬふりして、静かに坐り、縫いかけの袖《そで》を二針三針すすめました。また、そっと立って、廊下へ出て小走りに走り、勝手口に出て下駄をつっかけ、それからは、なりもふりもかまわず走りました。どういう気持であったのでしょう。私は未だにわかりません。あの兄さんに追いついて、死ぬまで離れまい、と覚悟していたのでした。芹川さんの事件なぞてんで問題でなかったのです、ただ、兄さんに、もいちど逢いたい、どんなことでもする、兄さんと二人なら、どこへで
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