なるとかの噂《うわさ》がもっぱらである。家の者たちは、兄のからだを心配している。
いろいろの客が来る。兄はいちいちその人たちを二階の応接間にあげて話して、疲れたとは言わない。きのうは、新内《しんない》の女師匠が来た。富士太夫の第一の門弟だという。二階の金襖《きんぶすま》の部屋で、その師匠が兄に新内を語って聞かせた。私もお附合いに、聞かせてもらう事になった。明烏《あけがらす》と累《かさね》身売りの段を語った。私は聞いていて、膝《ひざ》がしびれてかなりの苦痛を味い、かぜをひいたような気持になったが、病身の兄は、一向に平気で、さらに所望し、後正夢《のちのまさゆめ》と蘭蝶を語ってもらい、それがすんでから、皆は応接間のほうに席を移し、その時に兄は、
「こんな時代ですから、田舎《いなか》に疎開なさって畑を作らなければならぬというのも、お気の毒な身の上ですが、しかし、芸事というものは、心掛けさえしっかりして居れば、一年や二年、さみせんと離れていても、決して芸が下るものではありません。あなたも、これからです。これからだと思います。」
と、東京でも有名なその女師匠に、全くの素人《しろうと》でいながら
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