、悪びれもせず堂々と言ってのけている。
「大きい!」と大向うから声がかかりそうな有様であった。
 兄がいま尊敬している文人は、日本では荷風《かふう》と潤一郎らしい。それから、支那《しな》のエッセイストたちの作品を愛読している。あすは、呉清源《ごせいげん》が、この家へ兄を訪ねてやって来るという。碁《ご》の話ではなく、いろいろ世相の事など、ゆっくり語り合う事になるらしい。
 兄は、けさは早く起きて、庭の草むしりをはじめているようだ。野蛮人の弟は、きのうの新内で、かぜをひいたらしく、離れの奥の間で火鉢《ひばち》をかかえて坐って、兄の草むしりの手伝いをしようかどうしようかと思い迷っている形である。呉清源という人も、案外、草ぼうぼうの廃園も悪くないと感じる組であるまいか、など自分に都合のいいような勝手な想像をめぐらしながら。



底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年4月25日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:もりみつじゅんじ
2000年2月1日公開
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