して、一本まいらせたり、まいったり、両方必死に闘っている図は、どうも私には不透明なもののように感ぜられる。太閤が、そんなに魅力のある人物だったら、いっそ利休が、太閤と生死を共にするくらいの初心《うぶ》な愛情の表現でも見せてくれたらよさそうなものだとも思われる。
「人を感激させてくれるような美しい場面がありませんね。」私はまだ若いせいか、そんな場面の無い小説を書くのは、どうも、おっくうなのである。
 兄は笑った。相変らずあまい、とでも思ったようである。
「それは無い。お前には、書けそうも無いな。おとなの世界を、もっと研究しなさい。なにせ、不勉強な先生だから。」
 兄は、あきらめたように立ち上り、庭を眺める。私も立って庭を眺める。
「綺麗になりましたね。」
「ああ。」
 私は利休は、ごめんだ。兄の居候になっていながら、兄を一本まいらせようなんて事はしたくない。張り合うなんて、恥ずべき事だ。居候でなくったって、私はいままで兄と競争しようと思った事はいちども無い。勝負はもう、生れた時から、ついているのだ。
 兄は、このごろ、ひどく痩せた。病気なのである。それでも、代議士に出るとか、民選の知事に
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