てそう言った。顔をしかめた時の兄の顔は、ぎょっとするほどこわい。兄は、私をひどく不勉強の、ちっとも本を読まない男だと思っているらしく、そうして、それが兄にとって何よりも不満な点のようであった。
 これは、しくじったと居候はまごつき、
「しかし、私は、どうも利休をあまり、好きでないんです。」と笑いながら言う。
「複雑な男だからな。」
「そうです。わからないところがあるんです。太閤を軽蔑しているようでいながら、思い切って太閤から離れる事も出来なかったというところに、何か、濁りがあるように思われるのです。」
「そりゃ、太閤に魅力があったからさ。」といつのまにやら機嫌《きげん》を直して、「人間として、どっちが上か、それはわからない。両方が必死に闘ったのだ。何から何まで対蹠《たいしょ》的な存在だからな。一方は下賤《げせん》から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩《や》せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放|絢爛《けんらん》たる建築美術を興《おこ》して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美丈夫で、学問も充分、そのひとが草の庵《いおり》のわびの
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