兄は真面目《まじめ》に、
「昔は出来たのだが、いまは人手も無いし、何せ爆弾騒ぎで、庭師どころじゃなかった。この庭もこれで、出鱈目《でたらめ》の庭ではないのだ。」
「そうでしょうね。」弟には、庭の趣味があまりない。何せ草ぼうぼうの廃園なんかを、美しいと思って眺《なが》める野蛮人だ。
 兄はそれからこの庭の何流に属しているのか、その流儀はどこから起って、そうしてどこに伝って、それからどうして津軽の国にはいって来たかを説明して聞かせて、自然に話は利休《りきゅう》の事に移って行った。
「どうして、お前たちは、利休の事を書かないのだろう。いい小説が出来ると思うのだが。」
「はあ。」と私は、あいまいの返辞をする。居候の弟も、話が小説の事になると、いくらか専門家の気むずかしさを見せる。
「あれは、なかなかの人物だよ。」と兄は、かまわず話をつづける。「さすがの太閤《たいこう》も、いつも一本やられているのだ。柚子味噌《ゆずみそ》の話くらいは知っているだろう。」
「はあ。」と弟は、いよいよあいまいな返辞をする。
「不勉強の先生だからな。」と兄は、私が何も知らないと見きわめをつけてしまったらしく、顔をしかめ
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