するの?」
「いや、三厩の宿へ行つて、これを一枚のままで塩焼きにしてもらつて、大きいお皿に載せて三人でつつかうと思つてね。」
「どうも、君は、ヘンテコな事を考へる。それでは、まるでお祝言か何かみたいだ。」
「でも、一円七十銭で、ちよつと豪華な気分にひたる事も出来るんだから、有難いぢやないか。」
「有難かないよ。一円七十銭なんて、この辺では高い。実に君は下手な買ひ物をした。」
「さうかねえ。」私は、しよげた。
たうとう私は二尺の鯛をぶらさげたまま、お寺の境内にはひつてしまつた。
「どうしませう。」と私は小声でMさんに相談した。「弱りました。」
「さうですね。」Mさんは真面目な顔して考へて、「お寺へ行つて新聞紙か何かもらつて来ませう。ちよつと、ここで待つてゐて下さい。」
Mさんはお寺の庫裏のはうに行き、やがて新聞紙と紐を持つて来て、問題の鯛を包んで私のリユツクサツクにいれてくれた。私は、ほつとして、お寺の山門を見上げたりなどしたが、別段すぐれた建築とも見えなかつた。
「たいしたお寺でもないぢやないか。」と私は小声でN君に言つた。
「いやいや、いやいや。外観よりも内容がいいんだ。とにかく
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