学談は一般向きでないね。ヘンテコなところがある。だから、いつまで経つても有名にならん。貞伝和尚なんかはね、」とN君は、かなり酔つてゐた。「貞伝和尚なんかはね、仏の教へを説くのは後まはしにして、まづ民衆の生活の福利増進を図つてやつた。さうでもなくちや、民衆なんか、仏の教へも何も聞きやしないんだ。貞伝和尚は、或いは産業を興し、或いは、」と言ひかけて、ひとりで噴き出し、「まあ、とにかく行つて見よう。今別へ来て本覚寺を見なくちや恥です。貞伝和尚は、外ヶ浜の誇りなんだ。さう言ひながら、実は、僕もまだ見てゐないんだ。いい機会だから、けふは見に行きたい。みんなで一緒に見に行かうぢやないか。」
 私は、ここで飲みながらMさんと、所謂ヘンテコなところのある文学談をしてゐたかつた。Mさんも、さうらしかつた。けれども、N君の貞伝和尚に対する情熱はなかなかのもので、たうとう私たちの重い尻を上げさせてしまつた。
「それぢや、その本覚寺に立寄つて、それからまつすぐに三厩まで歩いて行つてしまはう。」私は玄関の式台に腰かけてゲートルを巻き附けながら、「どうです、あなたも。」と、Mさんを誘つた。
「はあ、三厩までお供さ
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