れは、僕の事で喧嘩をしたんぢやないかな? と思つてしまふ癖がある。当つてゐる事もあるし、当つてゐない事もある。作家や新聞記者等の出現は、善良の家庭に、とかく不安の感を起させ易いものである。その事は、作家にとつても、かなりの苦痛になつてゐる筈である。この苦痛を体験した事のない作家は、馬鹿である。
「どちらへ、いらつしやつたのですか?」とN君はのんびりしてゐる。リユツクサツクをおろして、「とにかく、ちよつと休ませていただきます。」玄関の式台に腰をおろした。
「呼んでまゐります。」
「はあ、すみませんですな。」N君は泰然たるものである。「病院のはうですか?」
「え、さうかと思ひます。」美しく内気さうな奥さんは、小さい声で言つて下駄をつつかけ外へ出て行つた。Mさんは、今別の或る病院に勤めてゐるのである。
私もN君と並んで式台に腰をおろし、Mさんを待つた。
「よく、打合せて置いたのかね。」
「うん、まあね。」N君は、落ちついて煙草をふかしてゐる。
「あいにく昼飯時で、いけなかつたね。」私は何かと気をもんでゐた。
「いや、僕たちもお弁当を持つて来たんだから。」と言つて澄ましてゐる。西郷隆盛もかく
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